2006年03月24日

短編集F

タイトル『怖い話』

その日は秋だというのに蒸し暑い夜で、なかなか眠る事ができませんでした。
私は、窓を開け、少しでも涼しい風を入れ、再び布団に入り眠りにつく事にしました。

「ポチャン!ポチャン!」

あれは、深夜の2時を過ぎた頃、雨音に目が覚め、私は慌てて窓を閉めました。部屋の中は数時間前の蒸し暑さは消え、寒いくらいでした。
少し目が覚めてしまった私は、真っ暗の中テレビのリモコンを手に取り、テレビを付けました。深夜なため、特に面白い番組もやってるわけもなく、音量を下げ、ベッドに横になったままなんとなく、ボーっと見ていました。
しばらくすると、テレビの画面は砂嵐の状態になっていました。

私は少し寝ていたようで、時計を見ると2時半、今日はやけに放送が終わるのが早いなと思いながら、リモコンを探したのですが、なかなか見つかりません。ベッドから起き上がり、いろいろ探したのですが、それでも見つからないのです。

真夜中に探している自分がバカバカしくなり、結局、床に転がっていたDVDのリモコンに付いているテレビ電源で消しました。無駄な時間を過ごしたなと思いながら、ベッドに戻り横になった瞬間、再びテレビが付き、砂嵐の画面になったのです。

私は恐ろしくなり、しばらく横になったまま動けませんでした。それというのも、テレビが勝手についたというだけでなく、足元に何か冷たいものを感じたのです。
毛穴が縮み、震えが止まりませんでした。私は怖いながらも勇気を出し、体全体の力を上半身に集中しながら布団を持ち上げました。

自分の足に触れていた冷たいものというのは、少し前に探していたテレビのリモコンでした。
勝手にテレビがついたのはベッドに入った瞬間、布団の奥の方にあったテレビのリモコンを押したみたいだったのです。

「はぁ〜」

すっかり目が覚めてしまった私は少しお腹が空いてしまいました。電気をつけないまま、その日の夕食の後に食べていたスナック菓子の袋を手に取り、その中身を食べ始めました。

しばらくそのスナック菓子を食べているうちにそのスナック菓子の袋の中から何かの音が聞こえました。暗い中、ゆっくりその袋の中を覗くと、中には数匹の蛾がいました・・・

窓を開けていた際に部屋の中に入ってきたみたいです。私は気づかないうちにその袋の中にいた蛾を食べていたかもしれないと考えると、怖くて怖くて仕方がありません。

-完-
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2006年03月17日

短編集E

タイトル『タバコ』

親父が入院したって話を聞き、病院にきた。
病院って所は何処に行ってもタバコが吸えない。
吸える所と言えば、病院の人間の目が届かない屋上ぐらいしかない。

屋上で吸うタバコっていうのは高校の時以来だ。
同級生に誘われ、初めて吸ったのが学校の屋上。最初は大してウマイと思わなかったが、いつの間にか毎日吸うようになっていた。

俺も親父と同じでただのバカなのかもしれない。
親父はタバコの吸い過ぎのため、肺ガンで下の病室に入院している。
そのうち俺も肺ガンになって入院するのだろう・・・

俺が今吸っているタバコは『MILD SEVEN』。何の因果か知らないが親父と一緒のタバコだ。
小さい頃、俺はこのMILD SEVENが嫌いだった。

親父は所構わずMILD SEVENを吸っていた。食卓、リビング、トイレ、廊下、そのすべてでタバコの臭いがした。
幼かった俺はその臭いが嫌いで、毎日タバコを吸う親父にムカついてた。
リビングでテレビを見ながら親父がタバコを吸い始めると、俺はいつも咳払いをして別の部屋に行った。
そういう思いもあり、小さい頃に親父と親子の会話をした記憶があまりない。

そんな親父に一度だけキレた事は今でも覚えてる。
リビングで当たり前のようにタバコを吸う親父に我慢できなくなり、「お前のタバコはみんなが迷惑してんだよ!吸うんだったら、迷惑かからない所で、1人で吸えよ!」と言った事だ。
俺がその言葉を言った後の親父が、どのような表情をしていたかは覚えていないが、その日から親父は車の中でタバコを吸うようになった。

タバコを普通に吸うようになった今、あの時、俺に言われた親父の気持ちが、なんとなく分かる気がする・・・

「ガチャ!」(屋上のドアの音)

「こんな所で何やってんだ?」
「・・・親父・・・寝てなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってんじゃねーか・・・もう退院らしいしよー!」
「・・・・・・」
「・・・なぁ・・・タバコ一本くれねぇーか?」
「何言ってんだよ!手術したばっかじゃねぇーか!」
「・・・イイじゃねぇーかよ・・・一緒に吸おうぜ・・・」

やっぱ、バカなんだろう・・・親父も・・・俺も・・・


−完−
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2006年03月10日

短編集D

タイトル『夢のドリームマッチ』

はい、ついに始まりました。世界最強を決めるこの大会『C−1 グランプリ』(キャラ-ワン グランプリ)決勝がいよいよ開催です。

それでは、選手入場・・・

大きな耳が特徴のアメリカ代表、ミ〇キー選手!
ミ〇キー選手は昨日、浦安のホテルで休養をとっていたみたいで調子が良さそうですね・・・
そして、続いて入場するのは、対戦相手であるアジア代表、キ〇ィちゃん選手!
キ〇ィちゃん選手はミ〇キー選手のように世界的に有名ではないのですが、若者の間ではカリスマ的な人気がある選手で、一回戦で優勝候補のヨーロッパ代表、テ〇ィーベアー選手を倒し、今では熊殺しと呼ばれております。

あ〜っと、リング上では試合が始まる前というのに、ミ〇キー選手とキ〇ィちゃん選手のにらみ合いが続いております。
お互い気合が入っているみたいですね・・・

『カーン!』

ついに試合が始まりました。
お〜っと、ミ〇キー選手、キ〇ィちゃん選手の猫パンチを交わし、いきなりタックルに行った。
ミ〇キー選手、キ〇ィちゃん選手をうまく倒し、上からパンチの応酬だ〜!
これは、危ないんじゃないでしょうか・・・キ〇ィちゃん選手、記憶がとんでしまっている様子です。レフリー止めないと・・・やっと、レフリーが止めに入った!
あっ、ミ〇キー選手止めに入ったレフリーを突き飛ばし、上からのパンチをやめない!
なんて残虐な・・・試合を見に来た会場の子供達は悲鳴をあげています。
セコンドのドナ〇ドダックが止めに入った。しかし、ミ〇キー選手はパンチをやめようとしない。
お〜っと、これはどういう事なんでしょうか・・・ミ〇キー選手、今度は止めに入ったドナ〇ドダックを殴り始めた!
あ〜、リング上は血の海となっております。

あっ、気絶していると思われていたキ〇ィちゃん選手が立ち上がった。ミ〇キー選手は気づいていない様子だ。
キ〇ィちゃん選手、ミ〇キー選手に跳びかかった!
あっ!キ〇ィちゃん選手、ミ〇キー選手を食べ始めてしまった・・・ネコ科の本能が出てしまったのでしょうか・・・

『ピンポン・パンポーン!』

テロップ「お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません。ご覧の皆様にお詫びを申し上げます。」


−完−

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2006年03月03日

短編集C

タイトル『明日は雨・・・』

俺があいつと始めて会ったのはちょうど一年前。
長かったか、短かったかは、俺にはわからない。

久しぶりにかかってきたあいつからの留守電が、俺の足をこの公園に運ばせる。

風は思った以上に冷たい。
しばらく誰も座っていないだろうベンチは冷えきったまま。
それでも、いいのさ・・・今の俺にお似合いのベンチだ。

あいつが何を言うため、ここに呼んだのかはわかってる。
風が全部教えてくれたから・・・

ベンチに座った俺には、黄色い夕日に照らされながら、自分勝手に舞う落ち葉を眺める力しか残らない。

そんな俺でも空を見て笑顔を作ることはできる。
明日、雨だって知っているのに・・・


−完−
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2006年02月24日

短編集B

タイトル『ミー子』

「ニャー!」
夏休み、予定もなく縁側で寝ていたら猫の泣き声が聞こえてきた。
家で猫の泣き声を聞くのは数年ぶりのことだった。というのも最近まで犬を飼っていたので、野良猫は家に寄り付かなかった。
台所から煮干を取ってきて、縁側の前に一本投げてみた。
すると、庭にある植え込みの影から一匹の野良猫がその煮干を食べにきた。
黄色をベースに茶色いラインが体全体に入った猫で、漫画家の小林まことさんが書いていた『What's Michael』に出てくるマイケルにそっくりだった。
次の日、いつものように縁側で寝ていると、また猫の泣き声が聞こえてきた。
体を起こし庭を見ると、昨日の野良猫が縁側の真ん前で、僕に向かって泣いていた。なんかめんどくさいなと思いながらも、昨日と同じように台所に煮干を取りに行った。
煮干の袋を手に取り、縁側に戻ろうとすると、その猫は台所に入ってきた。なんて図々しい猫だと思ったが、僕の手に持っている煮干をあまりにも欲しそうにしているので、仕方なく台所で煮干を数本食べさせた。
その日から毎日、猫は僕に餌をねだりにきた。しかも、僕かダルそうに台所に歩いていくと、猫は僕を急かすように先に台所に走っていくようになった。
そしてしまいには、僕の家に普通に住み始めた。ホント図々しい猫だ。
その猫の寝床は庭にある植え込みの横にある石の影。そして一番のお気に入りの場所は二階にある僕の部屋のベッドの上。
その猫を部屋から追い出すのは学校から帰ってきた僕の日課になった。普通考えればドアをちゃんと閉めていれば猫も入って来れないのだが、どの部屋にも猫が入れるスペースは空けていた。というのも、僕も家族みんなも、猫と一緒のの生活に満足していたからだった。
だが、その猫はやっぱり野良猫。部屋のそこら辺にウンチをした。そこに関しては、家族みんなも怒っていて、仕方なくその猫を招き入れてしまった僕が教育係になった。
その猫の名前は『ミー子』、ウンチやオシッコをする場所は庭の砂利の上、食事は朝の8時と夜の7時の2回、それを定着させる毎日が続いた。
ミー子はなかなか覚えが悪く仕付けをするのに数ヶ月かかった。
やっとミー子も僕が教えた事を覚えてしばらくたった頃、休日で予定がない僕は縁側で寝ていた。
「ニャー」
餌の時間でもないのに猫の泣き声が聞こえてきた。
庭の方を見てみるとミー子が僕の方に向かって泣いていた。ミー子の右前足は下半分がグチャグチャになってて、体の右半分は血だらけだった。
普通なら、すぐにでもミー子の所に行くのだが、なぜかミー子を見たまま、何もできなかった。
ミー子は僕の目をじっと見て「ニャー」と泣き、植え込みの影に入って行った。
すると、急に眠気がさし、眠ってしまった。
それからどれ位たったのかわからないのだが、何か慌てている母の声が聞こえてきた。
寝ていた僕の体を起こし、母はミー子の居場所を僕に聞いてきた。さっきのミー子の姿を見たのは夢だと思い、特にその事は言わなかった。
母が慌てている原因は田んぼの稲刈りで使うコンバイン機の刃に、ミー子らしき猫の毛と血がベッタリついていたという事だった。
僕は慌てて植え込みの影の方に向かった。だけど、そこにはミー子はいなかった。
それから、数日間ミー子を探したけど、ミー子の姿を見る事はなかった。
「猫は死ぬ時、飼い主に見つからない所へ行く。」と、昔お婆ちゃんに聞いた気がする。
あの傷だらけのミー子は夢ではなく、最後に僕にお別れの言葉を言ったのだろうか、僕に夢の中でお別れを言ったのだろうか、僕は今でもそれを疑問に思っています。

−完−
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2006年02月17日

短編集A

タイトル『マサとアキラ』


いつものようにアキラはマサのアパートで暇をつぶしていた。

【アキラ】「なぁ・・・お前さっきからケイタイいじってばっかで、なにやってんの?」
【マサ】 「いやぁ〜、バイトで知り合った女の子を遊園地に誘おうと思うってるんだけど、なんてメール送ったらいいかわかんなくてさー」
【アキラ】「『今度、遊園地に行きませんか?』じゃ、駄目なの?」
【マサ】 「ん〜、それでもいいんだけど、なんか普通すぎるというか、気持ちがこもってないっていうか・・・」
【アキラ】「ん〜、」
【マサ】 「ん〜、」
【アキラ】「じゃぁ〜、たとえば、『今度、僕ちんと一緒に遊園地へ行ってくり〜?』っていうのはどう?」
【マサ】 「・・・それは駄目だな・・・バイト先ではクールキャラで売っていこうと思っているから・・・」
【アキラ】「じゃぁ〜、『今度、俺と遊園地に行かないか?』ってのは?」
【マサ】 「普通すぎるんだよなぁ・・・なんか誘いたいっていう自分の気持ちを分からせるような表現をしたいんだよね〜」
【アキラ】「じゃぁ〜、『今度、君と一緒に遊園地に行きたい!』てのは?」
【マサ】 「それは絶対駄目だな〜、ストレートすぎるというか、そんなの送って、もし断られたら明日からバイトに行きづらくなっちゃうじゃん!」
【アキラ】「ん〜、なんか難しいな・・・」
【マサ 「ん〜、難しいだろ?だから、ずっと悩んでんだよね・・・」
【アキラ】「・・・・・・話をまとめると、お前はその子を遊園地に誘いたい、だけどストレートじゃない自分の気持ちを分からしたメールを送りたいって事だよな?」
【マサ】 「あ〜、まとめてみるとそういうことになるなぁ・・・」
【アキラ】「だよな!だよな!」
【マサ】 「う〜ん・・・・・・」
【アキラ】「・・・・・・」
【マサ】 「・・・・・・まとめてみて、なんか解決策思いついた?」
【アキラ】「・・・いや、思いつかない!」
【マサ】 「・・・・・・」
【アキラ】「・・・じゃぁ〜さ〜、その子を誘いたいって気持ちをメールでちょっと書いて?・・・なんか文字にするとイメージがわくとかいうじゃん!」
【マサ】 「ん・・・じゃぁ〜、ちょっと、うってみるわ〜。」

数分後・・・
【マサ】 「あっ、できた。」
【アキラ】「ちょっと見せてみて・・・」
≪俺は彼女と一緒に遊園地で遊ぶ。そこでいろんな乗り物に乗ったり、一緒にご飯を食べる。日が落ち、イイ感じになったところで観覧車に乗り、その二人だけの空間で告白する。そこから彼氏彼女の関係になる。】
【アキラ】「ん〜、なるほど・・・」
【マサ】 「なんか、メール打ってる時に思いついちゃったんだけど、『今度、観覧車乗りに行かない?』ってのはどうかな?」
【アキラ】「ん〜、それでお前の気持ちがわかるかな・・・」
【マサ】 「・・・・・・」
【アキラ】「結局は、『彼氏彼女の関係になりたい!』ってのが言いたいんだろ?・・・ちょっと遠まわし過ぎね〜?」
【マサ】 「ん〜、そうかな・・・」
【アキラ】「『遊園地行かない?』って遠まわしな事を書くより、『俺は君と彼氏彼女の関係になりたい!』って書いた方が男らしくてカッコイイと思うんだけどな・・・」
【マサ】 「なんか、『君と彼氏彼女の関係になりたい!』ってあまりにもストレート過ぎるっていうか・・・バカっぽく感じるんだけどなぁ・・・」
【アキラ】「・・・・・・俺はそう思わないんだけどな・・・・・・じゃぁ〜、俺ら二人の言葉を組み立ててみよっか!」
「ピッ、ピッ、ピッ・・・・」
【アキラ】「なんか回りくどくなっちゃったな・・・・・・じゃぁ〜、これと、これと、これを消して・・・・・・」
「ピッ、ピッ、ピッ!」 
【アキラ】「それで送信してみて・・・」
「ピッ!」

数時間後・・・
【アキラ】「なかなか返信来ないな・・・」
【マサ】 「そうだな・・・」
【アキラ】「送ってからどのくらい経つかな・・・」
【マサ】 「あれから4時間は経ってるねぇ・・・」
【アキラ】「もうそんなに経ってるんだ・・・・」
【マサ】 「・・・・・・」
【アキラ】「・・・・・・ところでさー、メールなんて送ったんだっけ?」
「ピッ、ピッ、ピッ!」
【マサ】 「これ・・・」
≪俺は今度、観覧車になりたい!】
【アキラ】「・・・・・・なんだこれ?・・・・・・」
【マサ】 「さぁ〜・・・・・・」


−完−
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2006年02月10日

短編集@


タイトル『タスキ』

大学進学以来、2年ぶりに実家に帰ってきた。僕の部屋は最後に出た時から何も変わっていない。ただ一つ変わっていたのは勉強机の上に、僕が生まれた時からの写真が入っているアルバム、中学、高校の卒業アルバムが置いてあった。

ほとんど、電話をかけてこない母も僕の事を心配してたんだな思い、僕は少し嬉しくなった。
高校時代、駅伝部でキャプテンだった僕は、スポーツ推薦で東京の大学に進学してから、部活が忙しくてなかなか実家に帰って来れなかったのだ。

忙しい中、長期の休みをとり、今回帰ってきたのは、大学駅伝部のレギュラーを外され、自暴自棄になっていたからで、特に実家にこれといった用事があるわけではなかった。

机の上のアルバムを手に取り、開いてみると、そこには笑顔の自分が写っていた。生まれたての自分、幼稚園のお遊戯をしている自分、遠足で母と一緒に弁当を食べている自分、運動会のかけっこで1位のテープをきっている自分、中学で初めて制服を着ている自分、文化祭の屋台でたこ焼を作っている自分、駅伝部で区間新記録を出して表彰されている自分、アルバムに写っている僕はいつも笑顔だ。
自暴自棄になり、実家に帰ってきた自分の表情とのギャップに僕は少し悲しくなった。

アルバムを開いているうちに高校最後の駅伝大会の写真が目に映ってきた。その写真に写っている自分の表情だけは今の自分と同じだった。

幾つもの区間新記録を作った僕だったが、最後の大会では練習でタイムが早かった同級生である谷口にアンカーを譲ることになった。僕はそれが悔しくて、あまり練習をしないまま大会に出場した。
練習をしなかった事が原因なのか、アンカーの谷口にタスキを渡すのが悔しかったのか、今でもわからないのだが、僕はタスキをつなぐ事ができなかった。
大会終了後、僕の事を心配して周りのみんなが励ましてくれた。走ることのできなく、悔しいであろうアンカーの谷口も笑顔で励ましに参加していた。
練習のタイムで走れば必ず大学推薦を受けられると言われていた谷口は本当に悔しかっただろうが、その大会以降も僕の前では笑顔を絶やすことは無かった。

高校卒業後、僕はその前の実績をかわれ、大学に推薦が決まった。一方、谷口は推薦が決まらず、地元の建築会社に就職した。

なぜ、あの時、谷口は笑顔でいられたのかを考えながらアルバムを開いてみていると、アルバムの中から最後の大会のタスキが出てきた。そのタスキは駅伝部のみんなが自分の区間を完走できなかった僕にメッセージを書き込んで渡してくれた物だった。
そのタスキを手に取ると、一番目立つところに谷口のメッセージが書いてあった。

『お前はスッゲー早くて、俺ごときじゃ〜、追いつけねー!』

もらった時は全然読んでいなかったそのメッセージを見た瞬間、僕はそのタスキを持って部屋を飛び出した。

母「帰って着たばかりなのにどこ行くの?」
僕「忘れ物を取りに友達の所に行って来る!」

その日は日差しが強く、晴れた1日だった。

−完−
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