2006年02月10日

短編集@


タイトル『タスキ』

大学進学以来、2年ぶりに実家に帰ってきた。僕の部屋は最後に出た時から何も変わっていない。ただ一つ変わっていたのは勉強机の上に、僕が生まれた時からの写真が入っているアルバム、中学、高校の卒業アルバムが置いてあった。

ほとんど、電話をかけてこない母も僕の事を心配してたんだな思い、僕は少し嬉しくなった。
高校時代、駅伝部でキャプテンだった僕は、スポーツ推薦で東京の大学に進学してから、部活が忙しくてなかなか実家に帰って来れなかったのだ。

忙しい中、長期の休みをとり、今回帰ってきたのは、大学駅伝部のレギュラーを外され、自暴自棄になっていたからで、特に実家にこれといった用事があるわけではなかった。

机の上のアルバムを手に取り、開いてみると、そこには笑顔の自分が写っていた。生まれたての自分、幼稚園のお遊戯をしている自分、遠足で母と一緒に弁当を食べている自分、運動会のかけっこで1位のテープをきっている自分、中学で初めて制服を着ている自分、文化祭の屋台でたこ焼を作っている自分、駅伝部で区間新記録を出して表彰されている自分、アルバムに写っている僕はいつも笑顔だ。
自暴自棄になり、実家に帰ってきた自分の表情とのギャップに僕は少し悲しくなった。

アルバムを開いているうちに高校最後の駅伝大会の写真が目に映ってきた。その写真に写っている自分の表情だけは今の自分と同じだった。

幾つもの区間新記録を作った僕だったが、最後の大会では練習でタイムが早かった同級生である谷口にアンカーを譲ることになった。僕はそれが悔しくて、あまり練習をしないまま大会に出場した。
練習をしなかった事が原因なのか、アンカーの谷口にタスキを渡すのが悔しかったのか、今でもわからないのだが、僕はタスキをつなぐ事ができなかった。
大会終了後、僕の事を心配して周りのみんなが励ましてくれた。走ることのできなく、悔しいであろうアンカーの谷口も笑顔で励ましに参加していた。
練習のタイムで走れば必ず大学推薦を受けられると言われていた谷口は本当に悔しかっただろうが、その大会以降も僕の前では笑顔を絶やすことは無かった。

高校卒業後、僕はその前の実績をかわれ、大学に推薦が決まった。一方、谷口は推薦が決まらず、地元の建築会社に就職した。

なぜ、あの時、谷口は笑顔でいられたのかを考えながらアルバムを開いてみていると、アルバムの中から最後の大会のタスキが出てきた。そのタスキは駅伝部のみんなが自分の区間を完走できなかった僕にメッセージを書き込んで渡してくれた物だった。
そのタスキを手に取ると、一番目立つところに谷口のメッセージが書いてあった。

『お前はスッゲー早くて、俺ごときじゃ〜、追いつけねー!』

もらった時は全然読んでいなかったそのメッセージを見た瞬間、僕はそのタスキを持って部屋を飛び出した。

母「帰って着たばかりなのにどこ行くの?」
僕「忘れ物を取りに友達の所に行って来る!」

その日は日差しが強く、晴れた1日だった。

−完−
posted by 竹村文彦 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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